約束手形廃止議論から見えるものTOPICS

2021年6月4日

 

手形廃止は中小企業の活性化につながるのか

支払手形の発行残高は、いまやピーク時の4分の1以下となり、経済産業省が約束手形を5年で廃止する方針を打ち出した。今回の提言は、同省の有識者会議「約束手形をはじめとする支払条件の改善に向けた検討会」の6回の議論の結果として導き出されたものだ。

 

同会議の名称にもあるように、下請業者へ振り出す手形サイトの長さなどを問題視し、その是正を目指した議論であることがわかる。平成28年12月には、50年ぶりに「手形通達」が改正され、①手形払いの現金化、②手形割引料の代金への上乗せ、③手形サイトの短縮等の要請がすでになされていた。今回は、より踏み込んで手形そのものの廃止について、5年で対応するよう、産業界や金融機関等に求めたわけだ。主眼は中小下請企業の資金繰り改善ということになるが、手形廃止の早期化が、本当に産業全体の活性化につながるのか。疑問と共に一部で議論が巻き起こっている。

 

手形の代替手段の一つとして想定されているのが“でんさい”をはじめとした電子記録債権だが、経理事務のIT化に人手を割いたり、導入費を出す余裕に乏しい企業もある。本気で進めるなら、公的な補助も必要だ。その他にもデメリットとして、紙の手形が裏書によって誰にでも自由に譲渡ができるのに対し、電子記録債権は利用するメンバー間でしか譲渡ができないという不便さもある。付き合いのある企業を含めて、手形を使わずに取引できる環境なのかどうか。電子化のハードルは、決して低くはない。

 

中小企業側の手形振出しという視点がやや欠如

もう一つ、重要な視点として、上記有識者会議では、「大企業側が長い手形を振り出したうえ、零細下請側に割引手数料を負担させていることはけしからん」という論点が中心となっているが、実情を見極めるべきなのは、零細中小企業のほうが手形を振り出しているケースだ。手形は不渡り処分制度を背景としている。給与や税金はきちんと払っても、一般債権者には甘えている場合もあるが、手形であれば商取引を原因としたものでも、支払いの優先度が高い。そのため、手形を振り出すことで、逆に受取側からは、比較的長い支払いサイトでも許容されているという側面があるわけだ。

 

これが、期日責任があいまいな現金払いになれば、むしろ仕入先からサイトの短縮を求められるのではないか。手形廃止の狙いは、中小企業の資金繰り改善のはずだが、本末転倒になりかねない。実際、某商社の与信管理担当者から、「販売先は零細企業も多く、そのような得意先からの手形回収が、同期間の期日現金払いに置き換わると、入金をごまかす先が出てくると思う」との意見が聞かれた。そうなれば、取引条件の厳格化にもつながるだろう。

 

紙の手形はデジタル化推進の標的とされたのか

今回の手形廃止議論、中小企業側が振り出す手形の意味合いや信用補完という側面について、議論が尽くされていないことがやはり気になる。国際的にも日本企業の支払サイトは長いとされ、手形流通量も年々減少し、廃止の流れは当然とも思われる。だが、明治以来、信用経済の発達に寄与して浸透した手段は、そう簡単に消えるものでもない。今回の方針は、デジタル化を推進する現政権において、紙の手形廃止ありきで、拙速に打ち出された感もある。手形の廃止自体に労力をかけたり、投資した意味があったと言えるのかどうか、今後の影響を注視していきたい。

(救)

 

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